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『図書館の発見』

"Discovery of a library"

 この本は、日野市立図書館長であった前川恒雄氏(のちに武村滋賀県知事の頃の助役、さらに滋賀県立中央図書館長)の著作です。
(読書ノートによれば、僕が1977年3月(大学3年)に読んだ本です。)

【書 名】 図書館の発見−−市民の新しい権利
【著 者】 石井敦・前川恒雄
【発行所】 日本放送出版協会(NHKブックス194)
【ISBN 】 表示なし
【発行日】 73/10/20
【価 格】 表示なし

 著者は、それまでの図書館が受験勉強をしている浪人と高校生とによって占拠され、一般市民の足を遠ざけていた現象をなげき、閲覧室のない貸出し中心の図書館への転換を推進しようと提案します。

 この本の中から、少し長くなりますが、1973年当時の横浜市と日野市の図書館を対比した部分を引用します。

 横浜市は「青少年図書館」という勉強館をつくった。ここには本はなく、机と椅子が並んでいる。本のない図書館、一体それは何だろうか。開館のとき一市会議員は「図書館は本が一冊もなくてもできることを初めて教えられた」と祝辞で述べたそうである。皮肉ではなくまじめに。

 横浜市で「青少年図書館」をつくり始めた一年前に、東京の日野市では閲覧室のない図書館がスタートした。それは移動図書館一台だけの、貸出しだけを徹底的に実行する図書館であった。この図書館の設置条例が市議会で審議されたとき、一市会議員は「これは実態のない精神条例だ。こんなものはとおせない」といった。

 しかし、設置条例が可決され、この図書館のサービスが始まると市民の圧倒的な支持を受け、たちまち日本で最高の貸出冊数を記録した。それでも「日野市立図書館は図書館ではない」と批判した人もいた。本のない図書館と、閲覧室のない図書館とどちらが図書館であろうか。横浜と日野、この二つの例は、日本の公共図書館全体に、社会に「図書館とは何か」という根本的な問いを投げかけた象徴的なできごとであった。

 横浜の図書館も今はだいぶ様変わりしていると思いますが、いかがでしょう?

 『図書館の発見』からもう一カ所引用させて下さい。知識人と大衆の問題です。

 日本では、自宅に書庫があるような大読書人と新聞と週刊誌以外にはほとんど本を読まない大多数の人々がいて、その中間の一週間に一冊程度本を読んでいる普通の読書人の層が薄い。このことは社会的な問題点であり、少数の知識人と大多数の考えない大衆とで成り立っている社会は非常に危険である。

 本書が警告する日本の公共図書館の遅れは、その後20年の間に相当改善されたようにも思えますが、欧米の図書館の水準にはまだまだ追いついていないでしょう。

 実際に見たことはありませんが、映画『さようなら、コロンバス』に出てくるアメリカの図書館は本当に立派でした。

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Last Updated : 2004/09/25