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図書館との出会い

Library

 僕は中学2年までは都内の板橋区に住んでいましたが、中学3年から都下の日野市に引っ越しました。板橋にいたときは、たぶん近所に図書館がなかったため、一度も図書館を利用したことがありませんでした。もちろん学校には学校図書館があったとは思いますが、魅力的な本は1冊もなかったように思います。日野に移って驚いたのは、クラスメートたち(別に頭のいい子に限らず)が頻繁に公共図書館を利用していたことです。

 図書館といっても、古い木造の市役所の支所の建物の2階を間借りしたようなかたちで設置されている分館で、教室くらいの大きさの部屋に開架式の書架がところ狭しと配置されているだけの、まったく貧弱な施設でした。でも、図書は新しいものが多く、内容もそこそこ充実していました。

 この他に移動図書館が市内を巡回していましたので、地域によってはそちらを主に利用している人もいたようです。

 4冊の本を2週間まで借りられましたから、このペースで借り続けていくと、年間100冊の本を読むことができました。借りただけで読まずに返してしまったり、期間内に読み切れずに一度返してまた借りた本もあるので、半分としても年間50冊程度の本を図書館から借りて読んでいたことになります。これ以外にも自分で購入した本も読んでいるわけですから、中学・高校時代としてはけっこうハイペースではなかったでしょうか? 図書館で本を借りる習慣ができたからこそ、読書ノートをつけることも長続きしたのかもしれません。

 このように身近に公共図書館があることの喜びを感じたのは、日野市に移ってからです。

 のちにわかったことですが、1973年当時、日野市立図書館は全国で最も高い利用率(人口当り貸出冊数)を誇っていました。そして、「閲覧」を主体としてきた公共図書館が、「貸出し」を中心に転換していく上で、日野市立図書館は全国のモデルとなったのです。

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Last Updated : 2004/09/25