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『私の読書法』

"Methodology of my reading"

 読書ノートの初期の頃に読んだ本の中で、知的生産の技術にかかわるものといえば次のものでした。

『私の読書法』

 これは、1971年、高校1年の5月に読んだ本です。

【書 名】 私の読書法
【著 者】 大内兵衛・茅誠司他
【発行所】 岩波書店(岩波新書・青版397)
【ISBN 】 表示なし
【発行日】 60/10/20
【価 格】 表示なし

 まず、執筆者の顔ぶれが次のように豪華でバラエティに富んでいます。

 清水幾太郎、杉浦明平、加藤周一、蔵原惟人、茅誠司、大内兵衛、梅棹忠夫、中村光夫、八杉竜一、田中美知太郎、都留重人、吉田洋一、宮沢俊義、開高健、渡辺照宏、千田是也、鶴見俊輔、松田道雄、松方三郎、円地文子

 本書は、これら各界で活躍する20人の人々がそれぞれの読書法を随筆にまと めたものです。

※出版当時の平均年齢が52歳(一番若い開高健が30歳、梅棹忠夫が40歳、最高齢の大内兵衛が72歳)でした。

 今読み返してみると、やや古くさい内容が多いのですが、当時は時代の先端をいく人々がどんな読書をしているのかが僕にはとても興味深いもの思えました。なかでも僕が関心を持ったのは松田道雄の読書法でした。

松田道雄の「両棲類的読書法」

 松田道雄は『私は赤ちゃん』(岩波新書)などの本でも知られるように医師であり、評論家であり、またロシアの革命家トロツキーの研究者としても知られています。

 両棲類的読書法とは、第一に松田道雄の学生時代のエピソードからきたものです。彼は旧制高校の理科に入学しますが、文科的なものに異常なあこがれをもっていました。教室は理科にはいっていましたが、教室から出たあと、彼の読むものは文科の生徒と同じものでした。理科と文科との両棲生活は、その後30年続いて今日に至っているというのです。

 両棲類的読書法とは、第二に開業医としての仕事と自分のやりたい研究との二足のわらじということです。医師というのはとても忙しい仕事のようです。

 忙しい医師としての仕事の中で「一度おちついて自分の好きなことをゆっくり、つづけて読みたい」というのが彼の理想でした。

 自分は町の開業医なのだから自分の仕事をあやまりなくやっていけるだけの知識を吸収していれば、それで十分なのだ。なまじっかわき道をしてへんな欲をださないのがいいんだとも思ってもみる。

 だが、この二、三年買いもとめた本は、私をそういうわき道にさそうようなレールをつくってしまった。そういうレールができてしまうとふしぎなもので、それまでに読んだ本、もっている本の全部がこの幹線に通じる支線みたいにみえてくるのである。診察場からかえって、住居の自分の部屋にすわると、私はロシアの思想家のことを何か勉強しなければならないような恰好になっているのである。

 松田道雄の両棲類的な生き方は、読書法以上に僕に強い影響を与えました。高校時代の僕の読書や関心は完全に文科系のものでしたが、そうかといって文科系出身者がなるような職業が魅力的には思えませんでした。生業としての仕事ともう一つ別の生きがいになるような仕事をもつということに、僕はあこがれをもちました。(両棲類にあこがれた結果、卵をいくらあたためてもかえらない哺乳類になったという噂もあります。)

 最後に、松田道雄の読書法を要約しておきましょう。

(1) たくさんの本を読もうと思うなら愛書家であってはならない。
(2) 本をたくさん読むためには場所がらをわきまえないことである。
(3) 時間にたいして吝嗇であるということも読書の性癖を維持するのに必要である。
(4) 読書に際する生理的条件を尊重すること。
(5) 財布がゆるす限り本を買うこと。
(6) 何らかの義務をもうけて、いやでも本を読まなければならないようにすること。

 ついでながら、松田道雄の研究は『ロシアの革命』『トロツキー』等の著作となって実っています。

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Last Updated : 2004/09/25