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読書ノート

Note of Reading

 「映画鑑賞ノート」はあっけなく終わってしまいましたが、次に書き始めた「読書ノート」は高校・大学と約7年間にわたって、全部で10冊ほど続きました。文学も、社会科学も、自然科学も全部一緒で、読書のしかたもそれほど系統だったものではなかったために、今読み返すと、ほとんど支離滅裂です。

 「読書ノート」Vol.1の記念すべき第1ページは、アンドレ・ジイドの『狭き門』でした。

 この瞬間が私の人生を決定したのだ。今でもこの時のことを思い出すと胸がいっぱいになる。むろん私には甚だ不完全にしかアリサの非難の原因はわからなかった。しかし、非難は、この激しく波立っている可憐な魂にとって、この啜り泣きにふるえているかよわい肉體にとってあまりにも強すぎるものだということを私はひしひしと感じたのだ。

 日付は1971年2月23日となっており、高校入試の発表を待つ間にこれを読んだことになります。それにしても、『狭き門』とはねぇ〜。ゲンをかついだのでしょうか? おかげさまで、第一志望校に入ることはできましたが……

 「映画鑑賞」ノートに比べると、「読書ノート」は様式にとらわれず、かなり自由に書いています。

【題 名】(小説、論文のタイトル)
【著 者】
は、だいたい記録していますが、
【書 名】
【訳者名】
【発行所】
【発行日】
【価 格】

といったことは、書いたり書かなかったり、むしろ書いてない方が多かったよう です。

 本文中の「引用」と「要約」、「感想」の区別もかなり曖昧で、研究ノートの模範的スタイルは全く無視したものでした(大学に入って、いくらか区別をつけるようにはなりましたが)。

 また、途中何度かノートをつけない時期があったようで、「この半年に読んだ主な本」とか「この3ヶ月に読んだ本」といった、書名だけを羅列したページがあります。(本当に僕はムラっ気の多い人間で、何か別のことに夢中になると、一つの習慣も簡単に崩れてしまうのです。)

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Last Updated : 2004/09/25